ワールドカップブラジル大会開幕! 過去の大会を振り返るの巻(前編)

   

photo credit: Crystian Cruz via photopin cc

ついにワールドカップブラジル大会が開幕しました!
開幕戦、ブラジルは3-1で逆転勝利!スペインはオランダ相手に大敗、と波乱もありつつ。。しかしファンペルシのヘディングシュートはすごかったし、ロッベンはキレキレでしたね。あれはわかってても止められないんだろうなぁ。。

4年に一度だけ日本でサッカーが盛り上がる期間なので、いままでの大会をさらっと振り返ってみましょう。

1930年 ウルグアイ大会

当時のFIFA会長ジュール・リメの呼び掛けにより開催が決定。
参加国はウルグアイ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、パラグアイ、ペルー、ボリビア、フランス、ユーゴスラビア、ベルギー、ルーマニア、メキシコ、アメリカの13カ国。地区予選はなく、招待されて参加。

決勝はウルグアイ VS アルゼンチン。第一回大会はウルグアイの自国優勝で幕を閉じた。

決勝戦 1930年7月30日 会場:エスタディオ・センテナリオ

ウルグアイ 4-2 アルゼンチン
12′ ドラド
57′ セア
68′ イリアルテ
89′ カストロ
  20′ ペウセジェ
37′ スタービレ

順位

優勝:ウルグアイ
準優勝:アルゼンチン
3位:アメリカ
4位:ユーゴスラビア

得点ランキング

1. ギジェルモ・スタービレ(アルゼンチン)8得点
2. ペドロ・セア(ウルグアイ)5得点
3. ギジェルモ・スビアブレ(チリ4)得点
3. バート・パテナウデ(アメリカ)4得点
5. カルロス・ペウセレ(アルゼンチン)3得点
5. プレギーニョ(ブラジル)3得点
5. ペレグリノ・アンセルモ(ウルグアイ)3得点
5. イヴァン・ベック(ユーゴスラビア)3得点

1934年 イタリア大会

第2回はムッソリーニ政権下のイタリアで開催された。何の証拠もないですが、かなり黒い大会だったようだ。対イタリア戦は審判、対戦国に対してかなりの圧力があったようで、試合はイタリア有利進んだ。アルゼンチンから強引に帰化させた選手を起用していたり、、、なんとも言えませんがイタリアが優勝しました。

決勝戦 1934年6月10日 会場:スタディオ・ナツィオナーレPNF

イタリア 2-1 チェコスロバキア
81′ オルシ
95′ スキアビオ
  76′ プチ

順位

優勝:イタリア
準優勝:チェコスロバキア
3位:ドイツ
4位:オーストリア

得点ランキング

1. オルドリッヒ・ネイエドリー(チェコスロバキア)5得点
2. エドモント・コーネン(ドイツ)4得点
2. アンジェロ・スキアビオ(イタリア)4得点
4. ライムンド・オルシ(イタリア)3得点
4. レオポルト・キールホルツ(スイス)3得点

1938年 フランス大会

当時は欧州と南米と交互に開催するという暗黙のルールがあったようだが、ジュール・リメの功績を讃えて母国のフランスに決まった、というお話。
それに抗議する意味でウルグアイとアルゼンチンが参加を辞退している。

この大会後、第二次大戦が勃発。12年後の1950年ブラジル大会まで中止された。

決勝戦 1938年6月19日 会場:スタッド・オランピック・ド・コロンブ

ハンガリー 2-4 イタリア
8′ ティトコシュ
70′ シャーロシ
  6′ コラウッシ
16′ ピオラ
35′ コラウッシ
82′ ピオラ

順位

優勝:イタリア
準優勝:ハンガリー
3位:ブラジル
4位:スウェーデン

得点ランキング

1. レオニダス(ブラジル)7得点
2. ジェンゲッレール・ジュラ(ハンガリー)6得点
3. シャーロシ・ジェルジ(ハンガリー)5得点
3. シルヴィオ・ピオラ(イタリア)5得点
5. ジーノ・コラウッシ(イタリア)4得点
5. エルンスト・ヴィリモフスキ(ポーランド)4得点
7. ロメウ(ブラジル)3得点
7. ペラシオ(ペラシオ)3得点
7. トレ・ケレル(スウェーデン)3得点
7. アルネ・ニーベリ(スウェーデン)3得点
7. グスタフ・ヴェッテルストレム(スウェーデン)3得点
7. アンドレ・アベッグレン(スイス)3得点

1950年 ブラジル大会

今年の決勝でも会場はマラカナンだが、有名なマラカナンの悲劇が起きたのがこの年。決勝でウルグアイに逆転を許し、ブラジルは負けてしまった。試合直後に2人が自殺、2人がショック死、20人以上が失神するという事件が起きた。この一件を忘れるためか、ブラジル代表はこの試合で着用した白いユニフォームを封印し、黄色と緑に変更。いまでもそれが続いている。

決勝戦 1950年7月16日 会場:エスタジオ・ド・マラカナン

ウルグアイ 2-1 ブラジル
66′ スキアフィーノ
79′ ギジャ
  47′ フリアカ

順位

優勝:ウルグアイ
準優勝:ブラジル
3位:スウェーデン
4位:スペイン

得点ランキング

1. アデミール(ブラジル)9得点
2. オスカール・ミゲス(ウルグアイ)5得点
2. エスタニスラオ・バソラ(スペイン)5得点
4. シッコ(ブラジル)4得点
4. テルモ・サラ(スペイン)4得点
4. アルシデス・ギジャ(ウルグアイ)4得点

1954年 スイス大会

いまでは想像もつかないですが、この頃のハンガリーは最強でした。
2009年に作られた、もっとも優れたゴールを決めた選手に与えられるプスカシュ賞というのがありますが、これはハンガリーの選手、フェレンツ・プスカシュから来ています。(2013年のプスカシュ賞第1位はイブラヒモビッチでした。興味のある方はこちらをどうぞ→http://youtu.be/e0tAeGGkPQY

ウェンブリーで行われたイングランド対ハンガリーの親善試合で3-6でハンガリーがアウェイで勝利、翌年自国で開催された同カードも7-0で大勝する。
当時、イングランドはプロ選手だけの代表チーム。それに対してハンガリーは軍隊所属のチームでしたが圧倒的な攻撃力で勝ちを重ねた。
この大会の決勝で負けるまで4年間負け無し。32戦28勝4分けと本当に強かった。

決勝戦、プスカシュは怪我を押して出場。奮闘するも西ドイツに逆転されて敗戦。
ちなみに予選リーグでプスカシュに怪我をさせたのは西ドイツの選手でした。もし怪我をしてなかったらどうなっていたんでしょうね。。

ハンガリーは1956年に起きた、ハンガリー動乱の影響で主力選手が亡命してしまいチームは弱体化。その後も復活することもなく今に至る。

決勝戦 1954年7月4日 会場:ヴァンクドルフ・スタディウム

西ドイツ 3-2 ハンガリー
10′ モーロック
18′ ラーン
84′ ラーン
  6′ プスカシュ
8′ チボル

順位

優勝:西ドイツ
準優勝:ハンガリー
3位:オーストリア
4位:ウルグアイ

得点ランキング

1. シャーンドル・コチシュ(ハンガリー)11得点
2. エーリッヒ・プロプスト(オーストリア)6得点
2. マックス・モーロック(西ドイツ)6得点
2. ヨーゼフ・ヒューギ(スイス)6得点
5. ハンス・シェーファー(西ドイツ)4得点
5. ヘルムート・ラーン(西ドイツ)4得点
5. オットマール・ヴァルター(西ドイツ)4得点
5. ヒデクチ・ナーンドル(ハンガリー)4得点
5. フェレンツ・プスカシュ(ハンガリー)4得点
5. カルロス・ボルヘス(ウルグアイ)4得点
5. ロベール・バラマン(スイス)4得点

1958年 スウェーデン大会

この年は、なんといってもペレの活躍でしょう。この時、なんと若干17歳!

決勝戦 1958年6月29日 会場:ロースンダ・スタディオン

ブラジル 5-2 スウェーデン
9′ ババ
32′ ババ
55′ ペレ
68′ サガロ
90′ ペレ
  4′ リードホルム
80′ シモンソン

順位

優勝:ブラジル
準優勝:スウェーデン
3位:フランス
4位:西ドイツ

得点ランキング

1. ジュスト・フォンテーヌ(フランス)13得点
2. ヘルムート・ラーン(西ドイツ)6得点
2. ペレ(ブラジル)6得点
4. ババ(ブラジル)5得点
4. ピーター・マクパーランド(北アイルランド)5得点
6. ティヒ・ラヨシュ(ハンガリー)4得点
6. アグネ・シモンソン(スウェーデン)4得点
6. クルト・ハムリン(スウェーデン)4得点
6. ズデネク・ジカーン(チェコスロバキア)4得点

1962年 チリ大会

ブラジルが2連覇達成。ペレが予選リーグで負傷して出場できなかったが、その穴を埋める活躍をしたのがガリンシャ。子供の頃に患った小児麻痺の影響で足が変形してしまったが、そんなことも感じさせないほど、ドリブルが上手かった。

決勝戦 1962年6月17日 会場:エスタディオ・ナシオナル・デ・チリ

ブラジル 3-1 チェコスロバキア
17′ アマリウド
69′ ジト
78′ ババ
  15′ マソプスト

順位

優勝:ブラジル
準優勝:チェコスロバキア
3位:チリ
4位:ユーゴスラビア

得点ランキング

1. ガリンシャ(ブラジル)4得点
1. ババ(ブラジル)4得点
1. アルベルト・フローリアーン(ハンガリー)4得点
1. ドラジャン・イェルコヴィッチ(ユーゴスラビア)4得点
1. ワレンチン・イワノフ(ソビエト連邦)4得点
1. レオネル・サンチェス(チリ)4得点
7. アマリウド(ブラジル)3得点
7. ティヒ・ラヨシュ(ハンガリー)3得点
7. アドルフ・シェレル(チェコスロバキア)3得点
7. ミラン・ガリッチ(ユーゴスラビア)3得点

1966年 イングランド大会

開催国のイングランドが疑惑のゴールがありながらも優勝。
当時は、かなりラフプレーが多くて、ブラジルが予選で敗退してしまったのもラフプレーが影響している。
当時のプレミアリーグの選手は前歯が全部なくなった選手もいたとか。。。激しすぎる。

警告と退場も口頭で伝えていたとか。言葉の問題で伝わらないことが多く、次の70年メキシコ大会からイエローカード、レッドカードが導入された。

決勝戦 1966年7月30日 会場:ウェンブリー・スタジアム

イングランド 4-2 西ドイツ
18′ ハースト
78’ピータース
101′ ハースト
120′ ハースト
  12′ ハーラー
89′ ウェーバー

順位

優勝:イングランド
準優勝:西ドイツ
3位:ポルトガル
4位:ソビエト連邦

得点ランキング

1. エウゼビオ(ポルトガル)9得点
2. ヘルムート・ハーラー(西ドイツ)6得点
3. ジェフ・ハースト(イングランド)4得点
3. フランツ・ベッケンバウアー(西ドイツ)4得点
3. ベネ・フェレンツ(ハンガリー)4得点
3. ワレリー・パルクヤン(ソビエト連邦)4得点
7. ボビー・チャールトン(イングランド)3得点
7. ロジャー・ハント(イングランド)3得点
7. ルイス・アルティメ(アルゼンチン)3得点
7. エドゥアルド・マロフェイエフ(ソビエト連邦)3得点
7. ジョゼ・アウグスト(ポルトガル)3得点
7. ジョゼ・トーレス(ポルトガル)3得点

1970年 メキシコ大会

ブラジルは予選から大会決勝まで引き分け無しの全勝で優勝するという驚異的な強さ。ペレが大活躍した大会。ペレはこの大会で代表引退。
この大会から選手交代が認められるようになった。いまでは考えられないですね。試合途中の水分補給も出来なかったとか。。

決勝戦 1970年6月21日 会場:エスタディオ・アステカ

ブラジル 0-0 イタリア
18′ ペレ
66′ ジェルソン
71′ ジャイルジーニョ
86′ カルロス・アウベルト
  37′ ポニンセーニャ

順位

優勝:ブラジル
準優勝:イタリア
3位:西ドイツ
4位:ウルグアイ

得点ランキング

1. ゲルト・ミュラー(西ドイツ)10得点
2. ジャイルジーニョ(ブラジル)7得点
3. テオフィロ・クビジャス(ペルー)5得点
4. ペレ(ブラジル)4得点
4. アナトリー・ブイショヴェツ(ソビエト連邦)4得点
6. リベリーノ(ブラジル)3得点
6. ウーヴェ・ゼーラー(西ドイツ)3得点
6. ルイジ・リーヴァ(イタリア)3得点

1974年 西ドイツ大会

この大会は何と言っても、ヨハン・クライフ中心のチームだったオランダの快進撃。全員攻撃、全員守備のトータルフットボールをミケルス監督が作り上げたチーム。しかし、決勝は西ドイツ相手に前半のPKでリードするも逆転されて優勝を逃す。

決勝戦 1974年7月7日 会場:ミュンヘン・オリンピアシュタディオン

西ドイツ 2-1 オランダ
25′ ブライトナー(PK)
43′ ミュラー
  2′ ニースケンス(PK)

順位

優勝:西ドイツ
準優勝:オランダ
3位:ポーランド
4位:ブラジル

得点ランキング

1. グジェゴシ・ラトー(ポーランド)7得点
2. アンジェイ・シャルマッフ(ポーランド)5得点
2. ヨハン・ニースケンス(オランダ)5得点
4. ゲルト・ミュラー(西ドイツ)4得点
4. ヨニー・レップ(オランダ)4得点
4. ラルフ・エドストレーム(スウェーデン)4得点
7. ヨハン・クライフ(オランダ)3得点
7. パウル・ブライトナー(西ドイツ)3得点
7. リベリーノ(ブラジル)3得点
7. レネ・ハウスマン(アルゼンチン)3得点
7. ドゥシャン・バイェヴィッチ(ユーゴスラビア)3得点
7. カジミエシュ・デイナ(ポーランド)3得点

さらっとやるつもりが予想以上に長くなってしまったので、前編としてここまでにしておきます。
後編は1978年から2010年までを振り返ってみます。

 - サッカー